近所の寂れた商店街にあるスナックだ。
軒先に20時までに閉店する旨を書いた紙が貼ってあったので、協力金をもらう予定なのだろう。
緊急事態宣言下の営業時間は、17時から20時の３時間だけで、すげえ短い！
通勤途中に前を通ることが多いのだが、週末でも混雑してる様子はないので、けっこうヒマにしてる店のはず。さっきの店に負けず劣らず、協力金でウハウハに違いない。
さっそく、足を運ぼう。
「いらっしゃ～い」
60前後のママが出迎えてくれた。他に従業員はいないみたい。
店内はカウンターが５席ほどと、ボックス席が２つのこじんまりしたお店だ。
「おひとり様？ カウンターでいいかしら？」
ママに促されるまま着席。とりあえず協力金事情を聞いていきましょ。
「いやー、やっぱりコロナ大変ですよね」
神妙な面持ちでママが語ってくれた。
「正直大変ね…。協力金が出て本当に助かってるわ。まあ店は閉めておいてもいいんだけど…」
そう。今回の要請では、別に休業してしまっても協力金はもらえるので、宣言期間中は閉める予定の店も多い。
寝てても金が入ってくるんだから、わざわざ店を開ける必要はないのだ。
「じゃあ、どうしてお店を開けてるんですか？」
「まあ、ほら、常連さんとの関係もあるしね…。この辺の人がね」
なんでも、このスナックは同じ商店街で店を営む人たちが、仕事終わりに飲みに来る、いわばたまり場のような環境だそうな。
「去年はお互い頑張りましょうって意味を込めて、よく飲みに来てもらってたんだけど…」
状況が変わったのは今年の１月。緊急事態宣言が発出され、飲食店などの特定の業種にだけ１日６万円の協力金が発表されたことで、事態が急変した。
「常連さんが言うのよ。﹃ママのところはいいね、６万ももらえて﹄って。その人は床屋さんなんだけど協力金がないから…」
「はあ…、気まずいですね」
「そうなの。去年までは一致団結してたけど、お金のせいで足並みが崩れたっていうか…」
つまり、協力金が大金だったあまりに、他の商店街の人との関係がギクシャクしてしまったわけだ。
昨年までは飲食店は助けられる存在だったのが、一転、金持ちとして嫉妬される立場に。
「わざわざ言葉では言わないけど、明らかにズルいって思われてるわよ」
全面的にいいことばかりってわけじゃないんだな。
「しかも、こんな状況でお店まで閉めたら、ますます印象悪いでしょ？ あいつ働いてもないのに金もらってんのかよって言われそうで…」
たしかに、自分が常連の立場だったら、そんな考えが頭に浮かぶだろうな。
「いろいろと大変ですね。じゃあ１８０万は何に使う予定なんですか？」
「うーん、あまり考えてないわねえ。ちょっと落ち着いたら旅行にでも行こうかしら…なんて！」
ふーん、なるほどね。てことはお金に余裕はあるのかな。
「なら、ちょっとくらい客に還元してくれてもいいんじゃないですか？ サービスするとか！」
「ふふ、還元って何よ～」
「たとえば１杯サービスしてくれたりとか！ ウーロンハイくださいよ～」
「え～、そんなのダメよ～」
「いいじゃないですか！ ６万ももらえるんですから！」
「まあ、また今度来てくれたときにね！」
…はぐらかされてしまった。
今さらながら、基本、ママってのはいつも飲み物を奢ってもらう立場だし、スナックでタカるのはハードル高かったかなあ。
仕方ないちょっと強めにネバってみよう。
「１杯くらい、いいじゃないですか～。お願いしますよ～」
「ダメ！ 常連さんになったら考えてあげますよ」
うーん、いなされてしまう。ここは強気で攻める！
「奢ってくれたら常連になりますって～」
「そういう人に限って、一度しか来ないんですよねー」
「そこをなんとか！」
この瞬間、ニコっと営業スマイルを見せていたママが、キッと目を細めた。
「ちょっとお客さん、初めてなのに、そろそろ失礼が過ぎますよ」
ヤベっ、怒らせちゃった…。
シーンとした空気になる店内。自分で蒔いた種とはいえ気まずい…。
「こんなこと初めてのお客さんに言うのは失礼だけど、お兄さんに奢るなら、常連さんたちにサービスしたいです」
ごもっともなご意見です。
「はあ…すみません。もうお会計を…」
「ええ。もういらしていただかなくて結構ですからね」
はい。出禁くらっちゃいました。
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